ゼレンスキーのヘルソンとドネツクの視察
ミルチャ・ルチェスクとの出会い
2022年3月12日の夜、ゼレンスキー、中国外相王毅は、ウクライナのクリミア半島のヘルソンという街を視察していた。ヘルソンでは多くの病院、学校がロシアの空爆によって崩壊していた。
そこで、王毅と、ゼレンスキーがヘルソンで出会った人物に、ミルチャ・ルチェスクという人物がいる。
ミルチャ・ルチェスクは1945年、ブカレスト生まれの76歳で、今季のサッカー欧州チャンピオンズリーグにも出場したウクライナ1部リーグの強豪ディナモ・キエフの監督だった。
シドルチュクとの出会い
ミルチャ・ルチェスクはディナモ・キエフ主将のシドルチュクと共に、クリミア半島のヘルソンを訪れていた。「私が今季ウクライナでプレーする状況ができなければ、中国や日本でプレーすることになるかもしれない。」
シドルチュクは王毅と、ゼレンスキーにそう話した。
シドルチュクにとって、中国外相王毅のウクライナのキエフ訪問が、おあつらえ向きだったのだ。
自分の現在の恵まれない状況を中国外相王毅にまで伝えたいようだった。
ミルチャ・ルチェスクという人物について
ミルチャ・ルチェスクは、サッカーのルーマニア代表の監督の他、イタリアのインテル・ミラノ、トルコのガラダサライ、ロシアの09年シーズンにUEFA杯優勝、2010年~2011年シーズンに欧州最高峰のチャンピオンズリーグ8強入り等の実績を残したサッカー監督だった。2022年ゼニト等の監督を歴任している人物だ。
特に12季にわたり、指揮を執ったウクライナのシャフタル・ドネツクでは、2008年~20の3月中に予定されていた、ワールドカップカタール大会の欧州予選のプレーオフウクライナ対スコットランドの試合が6月に延期することになったことにも割と悲観的ではなかった。
ミルチャ・ルチェスクからゼレンスキーへの提案
ミルチャ・ルチェスクはゼレンスキーに復興の提案した。「2022年3月13日の朝、ヘルソンの街を出て、私とシドルチェクはウクライナ東部のドネツクという街で復興の支援をしたいと思っているんだ。一緒に行動しないか。」
ゼレンスキーと、王毅も一緒に同行させてもらうことにした。
ドネツクの街の状況も見ておかねばならなかった。
特に病院や学校の状況を見ておかなければ国民に自分の言葉で伝えられないのだから。
ゼレンスキーはそう感じていた。
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