水村美苗

「連れて来られた」アメリカ

12歳で渡米」(久保寺亨著「小説編現代文のトレーニング」の解説より)、「12歳の時、父親の仕事の都合で家族と共にニューヨーク州ロングアイランドに移り住む」( http://mizumuraminae.com/biography.html より)などと、この作者のプロフィールにはさらっとこのような紹介がなされている。
ところで、自身をモデルにした小説「本格小説」の中では、主人公が「昔アメリカに連れて来られてから」という表現がある。
「連れて来られた」・・・本人は行きたくなかったのである。

最終的には英語のプロに

1960年代において、アメリカはよっぽどの金持ちでないと自分のお金では行けない土地であった。
日本は貧しく、為替レートは1ドル360円の時代であった。
それが、父親の仕事の都合で、一家で行くことになったのである。


12歳という年齢が微妙であっただろう。
きっと日本に親友が何人かいて、親の都合で引き離されるのはとてもつらく、それでいて自分の力ではどうしようもない、無力感なども感じたのではないだろうか。
それから本人も小説の中で述べているように、英語にもアメリカにも馴染めなかった。


段階的に導入するなら12歳から英語を始めるのは全然遅くないと個人的には思うが、いきなり違う環境にボンと投げ込まれて、気が進まないまま、ふるさとから引き離された恨みを持って英語を身につけるとなると、思春期の子どもたちには難しい。
英語から逃れるため大学では美術を専攻するが、結局その後やはり本人は努力をしたのだろう、日本に帰国後、一時期英語の非常勤講師などをしたことがあるそうだ。
やはり英語のプロとして活躍されたのである。

私が見る水村さんの後輩たち

海外の塾で思春期の生徒たちによく接する。水村さんのような生徒をたまに見る。
英語の実力といったらアルファベットがやっと書けるだけなのに、海外に連れて来られた上にいきなりインターナショナルスクールに入れられたという女子中学生。
本来地理が得意科目だったのに、言葉がわからないために苦手教科と化した。


英語は問題ないが、日本人であるということでクラスの女子にいじめられていた女子小学生。
(21世紀、しかもアジアの人種のるつぼである香港で、信じられないが、いるのである!)
女子の話ばかり書いたが男子生徒も大同小異である。
彼ら彼女らは現代のアジアにおり、水村さんとは違って日本人学校という選択肢もあり(もっとも選択するのは親だが)、年に最低2度は日本に帰ることもでき、条件はいいはずなのだが、それでも共通点はある。

こういう作家を待っていました!

私自身は、大学を卒業するまで実家から出る機会なんぞなく、卒業後は中国で働きたくてもビザがおりず、40代の今でもビザを気にしながら過ごしている状態である。
したがって彼ら彼女らの気持ちがなかなかわからない。
思わず「来たくても来られない人だっているのに!」と言ってしまいたくなる。


水村美苗さんの「本格小説」に出会ったとき、まさに彼ら彼女らのために「こういうの、書いてほしかった!」と思った。
(もっとも、この小説の本題は、水村さん自身とはちょっと遠い人物たちのお話で、これはこれで読みごたえがあるのだけど。)
自分をさらけ出して書いてくださったことに感謝したい。