神林長平
SF小説は甘く見られている
大衆文学において、SF小説というジャンルが占める割合は、ミステリー小説に次ぐ存在感を示しています。また、科学や工学の発展に寄与してきたという意味では、SF小説が果たしてきた役割は決して小さくありません。
しかし一方、大人がSF小説好きであることを公言することには、少なからず抵抗感を抱くのではないでしょうか?
そこには、SF小説の和名である「空想科学小説」という語感が、理由の1つとして上げられるかもしれません。
神林長平というSF作家
神林長平は、SF作家であり、ほとんどの作品がSF小説です。スペースオペラ調の「敵は海賊」シリーズ、アニメ化もされた「戦闘要請・雪風」シリーズなどが代表作でしょう。
神林氏の作品は、その設定や、理論的裏付けとなる疑似科学要素など、まごうことなき空想科学小説の系譜に属します。
ですが、その作品からは、いわゆる「空想科学小説」くささをあまり感じません。
なぜなら、私も含め多くの「自称、分かっている風の」本読み達が、氏の作品で心奪われるのは、その文章文体にあるからです。
神林長平の文章にはリズムがある
リズミカルな文章は読んでいて心地が良いものです。平仮名、カタカナ、漢字、句読点で構成されている上、柔軟性の高すぎる文法である日本語は、同じ事象を語る上で多種多様な表現が許されています。
裏を返せば、「文章を組み立てる能力」が色濃くでる言語でもあるのです。
神林長平の文体は、既成の枠組みで語るならば、ハードボイルド調ということになるでしょう。
多用されるものの不快ではない倒置法、句読点の位置、独特な造語が生みだすリズムが、音楽を聴いているかのような読書体験を与えてくれるのです。
神林長平の造語センスには脱帽するほかない
80年代初頭に刊行された「あなたの魂にやすらぎあれ」において、「アンドロイド」を「アンチ」と呼称しました。凡作から傑作まで、当時すでに、アンドロイドというギミックは、SF小説において使い古されていたのです。
それに引きずられる形で、アンドロイドという用語自体に、ある種の野暮ったさをまとわりつかせていました。
「アンチ」という造語は、一般的に広がることはなかったものの、古びたギミックに新鮮な息吹を当てたといえます。
そのほかにも、ワープではなくΩドライブ、レーザー銃ではなくレイガン(氏の造語ではない)など、使われる言葉の端々に他のSF作品とは異なる用語体形を取り込んでいます。
なかでも、間投詞の「フム」という相槌ではなく、「フムン」とした点に、氏のファンは痺れたのです。
このような、氏の文章文体へのこだわりは、氏の作品テーマに通底する、言葉こそが世界を構築しているメタ要素であるという思想に立脚しているのかもしれません。
旧約聖書の言を借りるならば、まさに「始めに言葉ありき」なのです。
コンテンツ
小説の書き方、テクニック
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